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光秀公のまち > 法貴山城跡
ページID:0001254 2021年7月12日更新

本文

法貴山城跡

城主は細川晴元の家臣、酒井三河守の居城と伝わる。長澤重綱が息子の家綱にあてて残した遺書によれば、「明智日向守光秀朝臣・・・自身馬を向かうるよし聞こえければ法貴坂を切りふたぎ大木をきりかけ大石を取り集めて之を防ぐ」とあり、法貴山に砦をつくり、明智軍の行軍をここで塞いだという。
現在は、城の縄張りが現存しており、横堀や土塁がみられる。

法貴山城跡の画像

詳細情報

所在地

亀岡市曽我部町法貴明智岩

エリア

曽我部町・吉川町・薭田野町・大井町・千代川町

関連人物

明智光秀、長澤重綱、長澤家綱

関連資料

長澤重綱遺書「長澤家文書」

案内板

なし

問合せ先

亀岡市文化資料館 電話番号:0771(22)0599

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