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光秀公のまち > 明智越
ページID:0001248 2021年7月12日更新

本文

明智越

明智光秀が本能寺の変の直前に、亀山城から愛宕山の愛宕神社に参詣した時に通ったとされる道。途中、「大見晴し」と呼ばれる展望が利く場所があり、光秀がたびたび往還した際、南桑平野を眺望していたといわれている。余部城の福井氏が光秀と戦った際、先に落ち延びた福井氏の子どもたちが、この場所から余部城の落城を見て、互いに自害したともいわれている。
また、明智越の頂上から水尾に向けて進む途中、「土用の冷泉」と呼ばれる窪みがある。夏の暑い土用にも水が涸れることがなかった泉があり、馬の水飲み場として使われたといわれている。
現在、ハイキングコースであるが、台風などの影響により、一部、道が荒れている所がある。

明智越の画像

詳細情報

所在地

亀岡市保津町~京都市右京区

エリア

馬路町・旭町・千歳町・河原林町・保津町・京都市

関連人物

明智光秀

関連資料

「明智軍記」、「信長公記」

案内板

あり

問合せ先

亀岡市観光協会 電話番号:0771(22)0691

明智越ハイキングコースの紹介映像

ショートバージョン(コースの雰囲気をご覧ください)

ロングバージョン(ふもとから登頂、下山まで)

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